2012-04-27
「これは書かないんですか?」
小説を書いて他人に見てもらうと、思いもかけぬ言葉を貰うことがたまにある。
この何年間で驚いたのが、以下の言葉。
「エッセイは、書かないんですか?」
「短歌や俳句がとても素晴らしい、そちらの道に行く気はありませんか?」
「私小説は、書かないんですか?」
短歌・俳句を私に勧めた人は、単に小説を書くライバルを蹴落としたいだけだったのだろうと即座に見抜いたので私は「褒めてくださってありがとう」と微笑んで辞退した。別にライバルという仰々しい存在ではなかったけれど、その隠し切れぬ警戒心から想像するに、ご当人は私の実力をどうやら必要以上に高く買いすぎていらしたようである。私は自分をそんなに素晴らしいものを持っているとは未だに思っていないのだが。
なお俳句だけは、下手の横好きで現在ちまちま書いている。そして思ったとおり、同好の士に褒められたことはおろか、リアクションしてもらったことすらただの一度もないのである。
それから、エッセイ。これを私に書けと仰った方は、どうも私を通じて別の人物を想像していたらしく、他にもその豊かな想像力に則っていろいろ奇想天外なことを言われてしまった苦い思い出がある(笑)。その方にも、「書く気はありません」とはっきりお断りした。
結局は専門で西洋画を描いている人間に「漫画を描いて」とか、漫画しか描いていない人間に「日本画を描いて」と言うのと同じことである。それぞれ専門に、「漫画を描く人」「日本画を描く人」でなければ、真の価値などは分からないのではないだろうか、と私は思ってしまうのだ。頭がかたすぎるだろうか。
石原都知事は「私小説」がお好きだ、という話を聞いたことがある。しかし今は本格的な私小説を書く人が減っているのか、それとも筆力のある人がいないのか、ともかく最近の私小説はつまらない、という話もたまに聞く。
私に私小説を勧めるようなそぶりを見せる方は男女問わず昔から実際ちらほらいた。
で、私がそれに気をよくして現代もののちっぽけな小説を書くと「それは違う」と言われる(笑)。
しかし二十年も昔に田山花袋の「蒲団」を放り投げた私は、ちょっと私小説は無理なんじゃないかと、実のところは怯えているざまなのである。これは将来は何かの理由で魅力的に思うかもしれないが、それはどうやら、何十年か先の課題になりそうな気もする。そこまで自分が無事に生きているかは、知らない。
この何年間で驚いたのが、以下の言葉。
「エッセイは、書かないんですか?」
「短歌や俳句がとても素晴らしい、そちらの道に行く気はありませんか?」
「私小説は、書かないんですか?」
短歌・俳句を私に勧めた人は、単に小説を書くライバルを蹴落としたいだけだったのだろうと即座に見抜いたので私は「褒めてくださってありがとう」と微笑んで辞退した。別にライバルという仰々しい存在ではなかったけれど、その隠し切れぬ警戒心から想像するに、ご当人は私の実力をどうやら必要以上に高く買いすぎていらしたようである。私は自分をそんなに素晴らしいものを持っているとは未だに思っていないのだが。
なお俳句だけは、下手の横好きで現在ちまちま書いている。そして思ったとおり、同好の士に褒められたことはおろか、リアクションしてもらったことすらただの一度もないのである。
それから、エッセイ。これを私に書けと仰った方は、どうも私を通じて別の人物を想像していたらしく、他にもその豊かな想像力に則っていろいろ奇想天外なことを言われてしまった苦い思い出がある(笑)。その方にも、「書く気はありません」とはっきりお断りした。
結局は専門で西洋画を描いている人間に「漫画を描いて」とか、漫画しか描いていない人間に「日本画を描いて」と言うのと同じことである。それぞれ専門に、「漫画を描く人」「日本画を描く人」でなければ、真の価値などは分からないのではないだろうか、と私は思ってしまうのだ。頭がかたすぎるだろうか。
石原都知事は「私小説」がお好きだ、という話を聞いたことがある。しかし今は本格的な私小説を書く人が減っているのか、それとも筆力のある人がいないのか、ともかく最近の私小説はつまらない、という話もたまに聞く。
私に私小説を勧めるようなそぶりを見せる方は男女問わず昔から実際ちらほらいた。
で、私がそれに気をよくして現代もののちっぽけな小説を書くと「それは違う」と言われる(笑)。
しかし二十年も昔に田山花袋の「蒲団」を放り投げた私は、ちょっと私小説は無理なんじゃないかと、実のところは怯えているざまなのである。これは将来は何かの理由で魅力的に思うかもしれないが、それはどうやら、何十年か先の課題になりそうな気もする。そこまで自分が無事に生きているかは、知らない。
2012-03-11
大震災から一年後
昼飯に、寿司を買った。
スーパーのパック寿司だったが、夫と二人で食べた。
海で亡くなった東北の大勢の方々はもとより、恐らくは放射性物質で多く死んだ魚や大量廃棄された魚たちへのせめてもの供養として。
葬式では寿司を出す。分かってか、今日のパック寿司のトレイは黒地に菊の花のあしらいだった。
震災から一年が経つ。
一年前(正しくは十一ヶ月前)の自分の生々しい記事を見て、今はどのように回復したかを振り返ってみる。
あの当時の電車は、乗っている人々の目が死んでいた。元気なくしかし苛立っているのは、テレビの震災番組の視聴疲れだろうというのは分かる。
節電のため本数が減り、日替わりで乗れる駅も時間帯も変わる満員電車。早起きして二駅向こうまで歩いて行ったこともある。空気中や上水道のセシウムの含有量が大きく報道される中、休むことを許さない多くの企業。電車の中の人々は「社畜」という言葉を噛みしめつつ、モーとかヒヒーンとか言いださぬように俯いていた。
わけのわからない買占めも流行った。最初はカップラーメンやパン、水、その他災害グッズ。品薄になったので、3月後半は牛乳や乳製品も制限が出た。一時はこれは海外で中国の話だが、なぜか塩が品薄になったそうだ。
そんな中で、「今が売り時」と随分勘違いした自称アーティストや売れない芸能人のパフォーマンスも目立った。
ただその中でちゃんとした活動をした芸能人として今私が覚えているのは、杉良太郎(この方は普段からボランティア活動をしているらしい)、石原軍団(阪神淡路のときもかなり活躍したらしい)、それからエガちゃんこと江頭2:50のトラックでの援助物資届け(ウィキペディアを参照されたい、リンクは控える)。
三者に共通するのは、にわか震災援助組ではないということと、ブレのない活動であるということだ。普段から困った人への姿勢をどうするかを考えている人は、何よりも身体が先に動く。子供でも分かる当たり前のことながら、改めてその事実を感じ入った次第である。
犬や猫の問題も、新聞の社会欄で大きく取りざたされた。阪神淡路の頃はあまり大きく取り上げられなかったが、家畜が多い地域であることと、やはり田舎なのでペットを飼うハードルが低いせいで愛玩動物を持つ家庭が多かったせいだろうと思われる。
しかし何よりも大きかったのは、これらの現場の人々に対する政府と東京電力の冷淡さであろうか。いったいどっちを向いて復興支援を唱えているのか私には全く分からなかったし、その後の調べで福一の爆発は防げたという論説を目にしてからは、原発の問題は純粋に人災ではないだろうかと思うようになった。
そういった、悲劇と、人々の温かさと、復興への期待と、政府不信などがない交ぜになって情報社会を行き来しており、当時の私は非常な疲れを覚えていたのだと思う。
震源地近辺の東北と直接の縁のない一般市民から見た風景あるいは光景はそういったものである。
西日本在住の親や姉からは「こっちくればいいのに。こっちなんの問題もないよ」と平然とした口調で言われたものである。しかしその話を夫にしたところ、「なんでそんなバカなことを考えるのか、どこにも移住する必要なんてない」と反発を受け、ああ、この人は東京の人なんだなあといろんな意味で思ったことだった。
こんな小さなことは、どこの家でもあったように思える。
しかし、東北に親戚や実家、また知人や友人のある人は、どれだけの思いで日々を過ごしていたのだろうか、と胸が痛くなる。急に行方不明になって連絡が取れなくなった、海辺の近い家に住む知人友人、漁船に乗せてもらったこともあるおじいちゃん、連休には遊びにおいでと誘ってくれたメル友。どんな気持ちで毎日を送っていたのだろうか。
それから一年後。
電車は平常運転に戻り、街中では、物資で品不足になっているものはゼロである。テレビ番組も震災報道関連はだいぶ減り、ネットでも笑いが戻ってきた。遅々として進まぬ復興責任が政府或いは行政にあることはだいぶ騒がれ、八月から九月はデモが頻繁に起こったのも記憶に新しい。大阪では地方政党である維新の会が台頭した。日本は震災のダメージを受けてはいるが、曲がりなりにも立ち直ろうとしている。
ただ、いまひとつそれが軌道に乗らないのは、「奪われたくない」という漠然とした恐れが国民の間に浸透しているからではないだろうか。震災後の変わり果てた生活に耐えられず、せっかく助かった命を自ら絶ってしまった女性の話などは、それを如実に表している。
臆病であることを落ち着いていること、勇気を出すことを蛮勇と覚える国民性ではあるが、そろそろ、意思をはっきり内外に知らしめて、誰に向けているか分からない妙な演技などはやめるべきではないかと私は思うのだが、どうだろうか。
今の時期は東京でもまだ雪は降るし、風もまだ冷たい。花粉症で辛い人もいるだろうし、季節の変わり目で調子が優れない人もいるだろうと思う。
ただ、この日、或いはこの日からそう遠くない日に亡くなった見知らぬ多くの人々を偲んで、今日はこの記事を書くことにした。
スーパーのパック寿司だったが、夫と二人で食べた。
海で亡くなった東北の大勢の方々はもとより、恐らくは放射性物質で多く死んだ魚や大量廃棄された魚たちへのせめてもの供養として。
葬式では寿司を出す。分かってか、今日のパック寿司のトレイは黒地に菊の花のあしらいだった。
震災から一年が経つ。
一年前(正しくは十一ヶ月前)の自分の生々しい記事を見て、今はどのように回復したかを振り返ってみる。
あの当時の電車は、乗っている人々の目が死んでいた。元気なくしかし苛立っているのは、テレビの震災番組の視聴疲れだろうというのは分かる。
節電のため本数が減り、日替わりで乗れる駅も時間帯も変わる満員電車。早起きして二駅向こうまで歩いて行ったこともある。空気中や上水道のセシウムの含有量が大きく報道される中、休むことを許さない多くの企業。電車の中の人々は「社畜」という言葉を噛みしめつつ、モーとかヒヒーンとか言いださぬように俯いていた。
わけのわからない買占めも流行った。最初はカップラーメンやパン、水、その他災害グッズ。品薄になったので、3月後半は牛乳や乳製品も制限が出た。一時はこれは海外で中国の話だが、なぜか塩が品薄になったそうだ。
そんな中で、「今が売り時」と随分勘違いした自称アーティストや売れない芸能人のパフォーマンスも目立った。
ただその中でちゃんとした活動をした芸能人として今私が覚えているのは、杉良太郎(この方は普段からボランティア活動をしているらしい)、石原軍団(阪神淡路のときもかなり活躍したらしい)、それからエガちゃんこと江頭2:50のトラックでの援助物資届け(ウィキペディアを参照されたい、リンクは控える)。
三者に共通するのは、にわか震災援助組ではないということと、ブレのない活動であるということだ。普段から困った人への姿勢をどうするかを考えている人は、何よりも身体が先に動く。子供でも分かる当たり前のことながら、改めてその事実を感じ入った次第である。
犬や猫の問題も、新聞の社会欄で大きく取りざたされた。阪神淡路の頃はあまり大きく取り上げられなかったが、家畜が多い地域であることと、やはり田舎なのでペットを飼うハードルが低いせいで愛玩動物を持つ家庭が多かったせいだろうと思われる。
しかし何よりも大きかったのは、これらの現場の人々に対する政府と東京電力の冷淡さであろうか。いったいどっちを向いて復興支援を唱えているのか私には全く分からなかったし、その後の調べで福一の爆発は防げたという論説を目にしてからは、原発の問題は純粋に人災ではないだろうかと思うようになった。
そういった、悲劇と、人々の温かさと、復興への期待と、政府不信などがない交ぜになって情報社会を行き来しており、当時の私は非常な疲れを覚えていたのだと思う。
震源地近辺の東北と直接の縁のない一般市民から見た風景あるいは光景はそういったものである。
西日本在住の親や姉からは「こっちくればいいのに。こっちなんの問題もないよ」と平然とした口調で言われたものである。しかしその話を夫にしたところ、「なんでそんなバカなことを考えるのか、どこにも移住する必要なんてない」と反発を受け、ああ、この人は東京の人なんだなあといろんな意味で思ったことだった。
こんな小さなことは、どこの家でもあったように思える。
しかし、東北に親戚や実家、また知人や友人のある人は、どれだけの思いで日々を過ごしていたのだろうか、と胸が痛くなる。急に行方不明になって連絡が取れなくなった、海辺の近い家に住む知人友人、漁船に乗せてもらったこともあるおじいちゃん、連休には遊びにおいでと誘ってくれたメル友。どんな気持ちで毎日を送っていたのだろうか。
それから一年後。
電車は平常運転に戻り、街中では、物資で品不足になっているものはゼロである。テレビ番組も震災報道関連はだいぶ減り、ネットでも笑いが戻ってきた。遅々として進まぬ復興責任が政府或いは行政にあることはだいぶ騒がれ、八月から九月はデモが頻繁に起こったのも記憶に新しい。大阪では地方政党である維新の会が台頭した。日本は震災のダメージを受けてはいるが、曲がりなりにも立ち直ろうとしている。
ただ、いまひとつそれが軌道に乗らないのは、「奪われたくない」という漠然とした恐れが国民の間に浸透しているからではないだろうか。震災後の変わり果てた生活に耐えられず、せっかく助かった命を自ら絶ってしまった女性の話などは、それを如実に表している。
臆病であることを落ち着いていること、勇気を出すことを蛮勇と覚える国民性ではあるが、そろそろ、意思をはっきり内外に知らしめて、誰に向けているか分からない妙な演技などはやめるべきではないかと私は思うのだが、どうだろうか。
今の時期は東京でもまだ雪は降るし、風もまだ冷たい。花粉症で辛い人もいるだろうし、季節の変わり目で調子が優れない人もいるだろうと思う。
ただ、この日、或いはこの日からそう遠くない日に亡くなった見知らぬ多くの人々を偲んで、今日はこの記事を書くことにした。
theme : 東北地方太平洋沖地震
genre : ニュース
2012-03-03
ツイッターは村社会
ツイッターを始めて2年くらいになるが、今のところそのツイッターでよい隣人に出会えたことはない。
どうやら、文芸であるとか文学であるとかの趣味を持つ人々は、あの場所ではビジネスライクなつきあいのオプションとしてか、もしくはブログの延長上のカタコトを呟く場としてしか見ていない気がする。
自分の名前で登録するのを2年も控えているのは、その様子を見守るという理由だ。ブログに手を染めるのも、プロバイダがサービスを開始してから何年も経ってからだった。
140文字で表されるカタコト(呟きどころじゃなくカタコトだろうなと私は思っている)に芸術性を求める人も確かにいるだろう。
しかし短歌や俳句、或いは非常に小さな詩としてならともかく、小説はちょっと難しいんじゃないかな、と思っていたら、案の定あまり創作に熱心でない人たちが「これこそが真の創作である」と鼻息を荒げている様子を多く見て、こんなことは言いたくもないがとても嫌になったこともあった。
小説を書いている人はある種のバランス感覚が大事だと私は常々思っている。
ある程度の年齢になって気がついたことだが、自分の頭の良さ、知識量を顕示したいために小説に手をつける人が小説執筆が好きな人には結構いる。こういう人々は確かに学歴や知能が高く、いろんなことを知っている。だから恐らく楽しいのであろう。
しかしそこで「恐らく」と仮定の言葉を使うのは、私が今まできちんと会って話した方々にはそういうタイプの人がほぼゼロだからである。勿論きちんとした学歴をお持ちで、実際の知識も豊富な方もいらっしゃるのだが、こんな方は実際の創作物にそれを嫌味なほど顕示するようなことはない。
たとえある程度書いていても、それはストーリーの展開のために必要な内容だ。
「世界の中心で、愛をさけぶ」というベストセラー小説があるが、これは作者の大量の知識を動員したことにより、読者の評に耐えた。ストーリーはその後隆盛を極めたケータイ小説と同じような展開で貧弱である、と評する文学好きもいたし、私の感想もそれに近い。
ストーリーに説得力を持たせるための知識は確かに必要だが、知識の顕示のために小説を書くようになってはならない、と私は思う。中には知識を得るために小説を読むという方もいるのだろうが、私がそういう読み方をするのは主に旧時代の古典などを読んで当時の世俗や人々の考え方を知るがためにそうするのであって、所謂娯楽的な読み方をするのなら、やはり分かりやすく面白いもののほうがよいように思える(じゃあお前はラノベだけ読んでろよ、と詰られそうだが、笑。無論、ラノベにも数は少ないけれども各年齢層の評に耐えうるいい作品はある)。
しかし、ただの知識顕示欲のために小説を書いている人が、そこで話を戻すがツイッターを使うとどうなるか。
文面から既にナルシシズムが漂ってきて、対話どころか絶句せざるを得なくなるのである。
無論、人嫌いで誰にも絡まれたくないのならその手もありだろうが、質問したいことも出来なくさせてしまう空気を作るのは、創作者としてどうかと思ってしまう。
私はどうも、そういう人種が苦手である。こちらからフォローをしても、いずれ外さざるを得なくなる。
そんなわけで、私はこのブログではツイッター連動は避けることにする。ツイッターは人の目を気にせぬごく個人的なミニブログだと割り切って使う人のほうが、いい楽しみ方が出来ているようにも見える。
ツイッターを使っていていつも思うことは、あそこはでっかい田舎だなあということ。噂話大好きの田舎では、有名人の誰かと誰かのケンカも娯楽。そして炎上も娯楽。場本来の娯楽の少なさを表しているということだ。
そんな田舎で少しでも楽しくやっていくためには、信頼できるリアルの友人たちとともに鍵をかけて小さなコミュニティに篭るか、他人のあらゆる干渉を様々な手段で以って振り払い自己を涼しい顔で保つか、どちらかしかないような気がする。
どうやら、文芸であるとか文学であるとかの趣味を持つ人々は、あの場所ではビジネスライクなつきあいのオプションとしてか、もしくはブログの延長上のカタコトを呟く場としてしか見ていない気がする。
自分の名前で登録するのを2年も控えているのは、その様子を見守るという理由だ。ブログに手を染めるのも、プロバイダがサービスを開始してから何年も経ってからだった。
140文字で表されるカタコト(呟きどころじゃなくカタコトだろうなと私は思っている)に芸術性を求める人も確かにいるだろう。
しかし短歌や俳句、或いは非常に小さな詩としてならともかく、小説はちょっと難しいんじゃないかな、と思っていたら、案の定あまり創作に熱心でない人たちが「これこそが真の創作である」と鼻息を荒げている様子を多く見て、こんなことは言いたくもないがとても嫌になったこともあった。
小説を書いている人はある種のバランス感覚が大事だと私は常々思っている。
ある程度の年齢になって気がついたことだが、自分の頭の良さ、知識量を顕示したいために小説に手をつける人が小説執筆が好きな人には結構いる。こういう人々は確かに学歴や知能が高く、いろんなことを知っている。だから恐らく楽しいのであろう。
しかしそこで「恐らく」と仮定の言葉を使うのは、私が今まできちんと会って話した方々にはそういうタイプの人がほぼゼロだからである。勿論きちんとした学歴をお持ちで、実際の知識も豊富な方もいらっしゃるのだが、こんな方は実際の創作物にそれを嫌味なほど顕示するようなことはない。
たとえある程度書いていても、それはストーリーの展開のために必要な内容だ。
「世界の中心で、愛をさけぶ」というベストセラー小説があるが、これは作者の大量の知識を動員したことにより、読者の評に耐えた。ストーリーはその後隆盛を極めたケータイ小説と同じような展開で貧弱である、と評する文学好きもいたし、私の感想もそれに近い。
ストーリーに説得力を持たせるための知識は確かに必要だが、知識の顕示のために小説を書くようになってはならない、と私は思う。中には知識を得るために小説を読むという方もいるのだろうが、私がそういう読み方をするのは主に旧時代の古典などを読んで当時の世俗や人々の考え方を知るがためにそうするのであって、所謂娯楽的な読み方をするのなら、やはり分かりやすく面白いもののほうがよいように思える(じゃあお前はラノベだけ読んでろよ、と詰られそうだが、笑。無論、ラノベにも数は少ないけれども各年齢層の評に耐えうるいい作品はある)。
しかし、ただの知識顕示欲のために小説を書いている人が、そこで話を戻すがツイッターを使うとどうなるか。
文面から既にナルシシズムが漂ってきて、対話どころか絶句せざるを得なくなるのである。
無論、人嫌いで誰にも絡まれたくないのならその手もありだろうが、質問したいことも出来なくさせてしまう空気を作るのは、創作者としてどうかと思ってしまう。
私はどうも、そういう人種が苦手である。こちらからフォローをしても、いずれ外さざるを得なくなる。
そんなわけで、私はこのブログではツイッター連動は避けることにする。ツイッターは人の目を気にせぬごく個人的なミニブログだと割り切って使う人のほうが、いい楽しみ方が出来ているようにも見える。
ツイッターを使っていていつも思うことは、あそこはでっかい田舎だなあということ。噂話大好きの田舎では、有名人の誰かと誰かのケンカも娯楽。そして炎上も娯楽。場本来の娯楽の少なさを表しているということだ。
そんな田舎で少しでも楽しくやっていくためには、信頼できるリアルの友人たちとともに鍵をかけて小さなコミュニティに篭るか、他人のあらゆる干渉を様々な手段で以って振り払い自己を涼しい顔で保つか、どちらかしかないような気がする。
2012-01-31
行動的な女は評価されるが、放浪する女は評価されない
その昔、日本には「歩き巫女」という女性のシャーマンが存在した。
恐らくは古代からいたのだろうが、室町、安土桃山、江戸に諸国を放浪していた彼女らの仕事は神の宣託を告げたり、占いをしたり、雇われて隠密行動をしたり、食い扶持に困れば春を売ったりするような内容だった。
こういう女性は神社などに定住することがなく、よほど運に恵まれて生活を保障されない限りは、ほぼ一生を放浪して終わる。諸外国と同じように、ある種民衆の最下層に属する女性たちだった。
「捨て童子 松平忠輝」という、隆慶一郎の小説が新聞連載されていたころ、その分かりやすい筆でこの歩き巫女の存在を知った私は軽く衝撃を受けた。
巫女というのはそれまで、潔癖なまでに清純で、神社で大事に大事に育てられるお姫様のような存在だと思っていたからだ。こんなに埃に塗れて薄汚れた貪欲な存在であったことなど、信じられなかった。
隆先生の名作の話題の後に拙い自分の小説の話になって非常に恐縮だが、以前コスモス文学に「梁走り夜話」という、小さな童話の三連作を書いたのだが、その中に諸国を定住せず放浪する母子の話を書いた。
主人公は、下手の横好きの博打好きな女。賭場に入り浸る随分不良な母親である。形式が童話だったのでそこまでは書き込まなかったが、こういう女は村人からは胡散臭がられただろうし、また、まともに職に就く気にもならなかったのだろう。女は賭場に出入りする鬼に目をつけられる。この「鬼」というのも定住せぬ異形の存在として描いたが、女は自分の息子が突然神隠しに遭った時に、鬼の求婚を退けた(=まともに生きることを決意した)。
そして鬼は女の息子を無償で見つけ出した後に黙って去り、母子は村に本当の意味で受け入れられたのだった。
世のキャリア女性は、自分で動き、活動することで高い評価を得る。
じっとしていても金も人脈も転がり込んでこないのは男性と同じである。
しかし、その行動は必ず明確な目的がなければならない。的を絞り、効果のあるいくつかの動きだけに絞らないと、いずれ世間から信用を失ってしまう。
うんと小さい子供の頃、私は図書室に出入りするたびに「この作家さんはどうしてこの作品しか書けなかったんだろう、大人向けのお話が書けなかったんだろうか?」と不思議だった。
プロの作家など、本当は興味さえ向けばどんな分野の作品もソツなく書けるのだ。けれど、それは下手をすれば「自分自身の書きたいこと」からブレた創作になってしまう。多くの作家はそれを恐れる。マルチ作家など、全作家からみたらごく一部であろうと私は思う。
「もういい大人なんだから、活動する場所くらいちゃんと決めなさい」というプレッシャーは私にも日々重くのしかかっている。子供のように節操なくあっちをかじってぽい、こっちをかじってぽいはダメな手ということだ。
テレビなどに多く登場するマルチタレントは、実は個性的なタレントの中でも極めて特殊な人々であるということは、私たちは心しておくべきだと思うのだ。ゆめゆめそれに憧れて、本業とは随分と畑違いなところにケンカを売って騒がないように、と。
「行動」ではなく「放浪」し畑違いなところで騒ぎを起こす女性は、女性を定位置に置きたがるこの国では非難と軽蔑の的になっても仕方がないのである。
最近テレビやネットで少し話題になった事件とその評価を見ていて、人の振りを見て己の振りをつくづくと見つめなおしたことだった。
恐らくは古代からいたのだろうが、室町、安土桃山、江戸に諸国を放浪していた彼女らの仕事は神の宣託を告げたり、占いをしたり、雇われて隠密行動をしたり、食い扶持に困れば春を売ったりするような内容だった。
こういう女性は神社などに定住することがなく、よほど運に恵まれて生活を保障されない限りは、ほぼ一生を放浪して終わる。諸外国と同じように、ある種民衆の最下層に属する女性たちだった。
「捨て童子 松平忠輝」という、隆慶一郎の小説が新聞連載されていたころ、その分かりやすい筆でこの歩き巫女の存在を知った私は軽く衝撃を受けた。
巫女というのはそれまで、潔癖なまでに清純で、神社で大事に大事に育てられるお姫様のような存在だと思っていたからだ。こんなに埃に塗れて薄汚れた貪欲な存在であったことなど、信じられなかった。
隆先生の名作の話題の後に拙い自分の小説の話になって非常に恐縮だが、以前コスモス文学に「梁走り夜話」という、小さな童話の三連作を書いたのだが、その中に諸国を定住せず放浪する母子の話を書いた。
主人公は、下手の横好きの博打好きな女。賭場に入り浸る随分不良な母親である。形式が童話だったのでそこまでは書き込まなかったが、こういう女は村人からは胡散臭がられただろうし、また、まともに職に就く気にもならなかったのだろう。女は賭場に出入りする鬼に目をつけられる。この「鬼」というのも定住せぬ異形の存在として描いたが、女は自分の息子が突然神隠しに遭った時に、鬼の求婚を退けた(=まともに生きることを決意した)。
そして鬼は女の息子を無償で見つけ出した後に黙って去り、母子は村に本当の意味で受け入れられたのだった。
世のキャリア女性は、自分で動き、活動することで高い評価を得る。
じっとしていても金も人脈も転がり込んでこないのは男性と同じである。
しかし、その行動は必ず明確な目的がなければならない。的を絞り、効果のあるいくつかの動きだけに絞らないと、いずれ世間から信用を失ってしまう。
うんと小さい子供の頃、私は図書室に出入りするたびに「この作家さんはどうしてこの作品しか書けなかったんだろう、大人向けのお話が書けなかったんだろうか?」と不思議だった。
プロの作家など、本当は興味さえ向けばどんな分野の作品もソツなく書けるのだ。けれど、それは下手をすれば「自分自身の書きたいこと」からブレた創作になってしまう。多くの作家はそれを恐れる。マルチ作家など、全作家からみたらごく一部であろうと私は思う。
「もういい大人なんだから、活動する場所くらいちゃんと決めなさい」というプレッシャーは私にも日々重くのしかかっている。子供のように節操なくあっちをかじってぽい、こっちをかじってぽいはダメな手ということだ。
テレビなどに多く登場するマルチタレントは、実は個性的なタレントの中でも極めて特殊な人々であるということは、私たちは心しておくべきだと思うのだ。ゆめゆめそれに憧れて、本業とは随分と畑違いなところにケンカを売って騒がないように、と。
「行動」ではなく「放浪」し畑違いなところで騒ぎを起こす女性は、女性を定位置に置きたがるこの国では非難と軽蔑の的になっても仕方がないのである。
最近テレビやネットで少し話題になった事件とその評価を見ていて、人の振りを見て己の振りをつくづくと見つめなおしたことだった。
2012-01-25
綺麗な絵、心に残る絵
今日、ネットで綺麗なCG画を集めているコーナーを観て、「ううむ……これは」と唸ってしまった。
最近のパソコンアートの進歩はすさまじい。背景素材などどこにでも溢れていて、うまく組み合わせれば絵なんか不得意中の不得意の人でもちょっと見られた絵に仕上げることが可能である。
幻想的な宇宙の絵、見たことのない紫色の空やそれに浮かぶ二つの月、遠くに見える地球らしき天体。地上では遠くの華やかな雷を見つめるサバンナの象の群れと、それを眩しく照らし出す謎の強光。
こういうCG画が本当にネットではごろごろ転がっているのだ。
その透明感、鮮やかさ、そしてこんな表現は妙だが、清潔感。
いい世の中になったものだと思う。
ただ、その絵を一枚一枚見ていて、私は少し首を傾げることがある。
もしかしたら美術館に行き出すようになってから、初めて沸いた気持ちなのかもしれない。
かなり前の話になるが、ふとしたご縁で、現代美術の絵を鑑賞しに日本橋の小さな画廊に足を運んだことがあった。
現代アートなので、抽象的な色の群れが額縁に収まりきらぬほどに乱舞していた。その絵は、時に青く重く、時に金銀にきらびやかに私の心に飛び込んでは、様々な感慨であるとか、時には過ぎ去った思い出も呼び起こしてくれて、観ている間とても豊かな気持ちでいられた。
正しい現代絵画の鑑賞の仕方を私は知らないが、色の重み、重なり、ぼかし、そういった小さなインパクトの一つ一つを自分の心がどのように捉えるかを、もう一人の自分が鑑賞する作業がとても楽しかったのだ。
そういった絵はものの輪郭をはっきり描かないものであっても、ちょうどウォーターベッドによるマッサージのように私の心によい刺激を与えてくれて、やがては創作の力になることもある。
もちろん、古い名画などは言うに及ばない。風景の絵であればその風景のオリジナルにあった風や水や炎の音を聞こうとし、人物画であればそのドレスの衣擦れの音すら聞きたくなる。上村松園の日本画では、雪の中を和傘を傾けて歩く美人の吐く微かな息や、傘に降りかかる牡丹雪の小さな音すらも聞きたくなった。世界に入り込み、そこで世界を堪能する自分を私は幸福に感じ取ることが出来る。
しかし、ネットで目にするCG画の多くに、なぜか私は入り込むことができない。
いくら美しい星や花や月に目が行っても、動きも色も乏しく山や木々を描いているだけの古い山水画よりも集中して見ることが出来ないとは、一体どういったことなのだろう。
勿論、同じCG絵であっても上手な人の描く絵も多いだろうし、そういう人の絵は私もいくらか記憶がある。
じゃあ、その絵で一本小説を書けと命題を受けたらどうする。
私は書けるのか?
見たこともない美麗な海原や、魔法の国のような虹の草原や、地上なのか宇宙なのか分からない幻の土地に何かストーリー性を感じることが出来るのか?
不思議なことだが、私にはそれはとても難しい。
こんなことをここに書いて、ご覧になった方の中には「いや、自分なら出来る、CG画でコラボ祭やろうぜ!」とかいう威勢のいい人がいるかも知れない。さぞかし名作が集まり、賑わうことだろうと思う。
ただ、私はそういう催しには恐らく興味も持たないだろう。
催しがいくら楽しそうであっても、書けないものは書けないのであるし、感じられないものは感じられないのだ。
CG画は、ふと気分を切り替えたいときの閲覧や壁紙やブログのデザインには重宝するが、それ以上の余計な感情を切り落としてしまうように私は思うし、こうやってここまでいろいろとCG画師さんには大変失礼ではあるが、もう一つ「生きた」ムードが欲しくもなるのだ。
最近のパソコンアートの進歩はすさまじい。背景素材などどこにでも溢れていて、うまく組み合わせれば絵なんか不得意中の不得意の人でもちょっと見られた絵に仕上げることが可能である。
幻想的な宇宙の絵、見たことのない紫色の空やそれに浮かぶ二つの月、遠くに見える地球らしき天体。地上では遠くの華やかな雷を見つめるサバンナの象の群れと、それを眩しく照らし出す謎の強光。
こういうCG画が本当にネットではごろごろ転がっているのだ。
その透明感、鮮やかさ、そしてこんな表現は妙だが、清潔感。
いい世の中になったものだと思う。
ただ、その絵を一枚一枚見ていて、私は少し首を傾げることがある。
もしかしたら美術館に行き出すようになってから、初めて沸いた気持ちなのかもしれない。
かなり前の話になるが、ふとしたご縁で、現代美術の絵を鑑賞しに日本橋の小さな画廊に足を運んだことがあった。
現代アートなので、抽象的な色の群れが額縁に収まりきらぬほどに乱舞していた。その絵は、時に青く重く、時に金銀にきらびやかに私の心に飛び込んでは、様々な感慨であるとか、時には過ぎ去った思い出も呼び起こしてくれて、観ている間とても豊かな気持ちでいられた。
正しい現代絵画の鑑賞の仕方を私は知らないが、色の重み、重なり、ぼかし、そういった小さなインパクトの一つ一つを自分の心がどのように捉えるかを、もう一人の自分が鑑賞する作業がとても楽しかったのだ。
そういった絵はものの輪郭をはっきり描かないものであっても、ちょうどウォーターベッドによるマッサージのように私の心によい刺激を与えてくれて、やがては創作の力になることもある。
もちろん、古い名画などは言うに及ばない。風景の絵であればその風景のオリジナルにあった風や水や炎の音を聞こうとし、人物画であればそのドレスの衣擦れの音すら聞きたくなる。上村松園の日本画では、雪の中を和傘を傾けて歩く美人の吐く微かな息や、傘に降りかかる牡丹雪の小さな音すらも聞きたくなった。世界に入り込み、そこで世界を堪能する自分を私は幸福に感じ取ることが出来る。
しかし、ネットで目にするCG画の多くに、なぜか私は入り込むことができない。
いくら美しい星や花や月に目が行っても、動きも色も乏しく山や木々を描いているだけの古い山水画よりも集中して見ることが出来ないとは、一体どういったことなのだろう。
勿論、同じCG絵であっても上手な人の描く絵も多いだろうし、そういう人の絵は私もいくらか記憶がある。
じゃあ、その絵で一本小説を書けと命題を受けたらどうする。
私は書けるのか?
見たこともない美麗な海原や、魔法の国のような虹の草原や、地上なのか宇宙なのか分からない幻の土地に何かストーリー性を感じることが出来るのか?
不思議なことだが、私にはそれはとても難しい。
こんなことをここに書いて、ご覧になった方の中には「いや、自分なら出来る、CG画でコラボ祭やろうぜ!」とかいう威勢のいい人がいるかも知れない。さぞかし名作が集まり、賑わうことだろうと思う。
ただ、私はそういう催しには恐らく興味も持たないだろう。
催しがいくら楽しそうであっても、書けないものは書けないのであるし、感じられないものは感じられないのだ。
CG画は、ふと気分を切り替えたいときの閲覧や壁紙やブログのデザインには重宝するが、それ以上の余計な感情を切り落としてしまうように私は思うし、こうやってここまでいろいろとCG画師さんには大変失礼ではあるが、もう一つ「生きた」ムードが欲しくもなるのだ。
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