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2015-11-30

平成27年秋季創作枚数

投稿を再び行い始めた。
一旦、ほぼ停止状態で自分の趣味だけで書いていたが、あまりそれもよくないように思えたので、思い切って書けるだけ書いてしまおうと考えを切り替えたのだ。

今年の秋は公募投稿作のみで原稿用紙換算700枚と少し。
腰痛を引き起こすほどであって、流石に自宅に専用の机と椅子を入れようと思った次第。安くていいのが見つかるといいなあ。
普段は台所のテーブルにノートパソコンを持ち込んで、水槽の金魚に睨まれながらポチポチと打っていくスタイルだが、さすがに休日一日14、5時間座りっぱなしにはあんまり耐えられる環境ではないようだ。現在坐骨神経痛らしきものに悩まされて右脚が痛くて仕方がない。ネットで詳しく検索したらヘルニアの脅しすらある。勘弁してくださいうちは貧乏なので手術代なんかとても出せないです。

ちなみに、3か月で700枚というのはあんまり得意顔で胸を張れるものでもない。
ライトノベルを書く売れっ子作家など、完成原稿で1か月300枚など当たり前だし、ということは没稿もこれに上乗せされてまあ、合計で1000枚は突破するのだろうと思う。
勤め人とはいえ現在の私はフルタイムでもなく、まだ甘いのだろうと思う。
ただ2年ほど前は400枚の原稿を1年かかりきりで、しかもろくな結果にならなかったので、少なくとも姿勢に関してだけは「このまま普通に頑張っていたらいいんじゃない?」くらいの自己評価はできるかと。今は公募作に出すだけ出したのでエネルギーはほぼすっからかん、また地道に資料や好きな本でも読み漁る日が続くことだろうと思う。

世間では、本日漫画家の水木しげるが亡くなったり(非常にびっくりした。そろそろかとも思っていたがその半面120歳くらいまで悠々奇行を続けてお元気でいらっしゃるものだと思っていた。ネットでの死因公開もヤフー第一報では心筋梗塞、ついで多発性内臓疾患…だったか、さっきスマートフォンで引っかかったブログでは足滑らせて転んだとかなんとか、もう何をどこまで信じていいかわからないほど情報が錯綜している)、テロ厳戒態勢下のパリで温暖化対策会議が開かれ、市民がデモの代わりに各々の靴を置いてシューズデモを行ったりと慌ただしい。
特にシューズデモは、フランス市民というかパリっ子はどんな状況でも洒落っ気を忘れないところに芯の強さを感じる。ブーツに花を挿したり、文字を書いたり。いちいちカッコイイ。こういう部分が我が国にもほしいものだなあと、時々若い人のやっているイデオロギー活動を見て、なんとなく思ったりする、ノンイデオロギー世代(中年)のつぶやきなのである。いや、ノンイデオロギーなだけで本当に何も考えてないわけじゃないんですけどね、一応文字と取っ組み合うことに喜びを感じる身としては。
もっとも日本の若者の活動ってアジアの中では比較的クールなほうみたいなんですけどね、それでも。香港や台湾の騒ぎとか思い出してしまうと。
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2015-09-13

最近の創作のお話

いまだ予断を許さなくはあるものの、どうやらもっとも厳しい状況は過ぎ去ったようなので、最近は好きなように書いている。
この何年間かは本当にしんどかった。理由は分からぬ。おかしな誤解がほうぼうに広がってしまい札付きと思われていた可能性はある。が、時々噂の流れていそうなところに顔を出し普段の私を見せていたら、それこそテロリストや食人鬼にでも対するような扱いはネット上でも減った。舐めた物言いをしてくるのはそれでも時々いるが、それはその人の問題であって、多分なんか可哀相な人なんだろうと思うようにしている。

こういうのはタイミングや時間も関係するので、バカの一つ覚えのようにいつでも同じように動いていては効果が薄い。
まじめに仕事をするとか、無理はしすぎないとか、何か目標を立てるとか、そんな地道なことをそれなりにこなしていくのが最も大事なのである。昔のえらーい人の言葉をトレースするだけにとどまるのが残念なことなのだけれども。

夏前に、創作について一つ思い切った決断をした。
その通りに動いていたら、こちらの方面色々と変わるだろうと。
実際は予想の6割弱にとどまっているが、何もしないよりやったほうがいいのも、またこれ事実だったりする。
なってはならない創作者も、いろいろと見てきた。
なりたい創作者も、これまた見てきた。
では、自分はなりたい方面に向けて頑張るだけなのではないか。

まあ漠然とした精神論になってしまったが、今のところはそんな感じだ。
2014-06-05

ファンとしての素養がない

誰かのファンになること。
例えば、芸能人のファンになる。アスリートやスポーツチームのファンになる。
声をからして応援する。イベントには足しげく通う。グッズを買いあさる。出演番組は全部チェックする。

そういう素養が、今の私にはないように思える。

子供の頃はあることはあった。大好きな漫画家もいたし、CDを集める歌手もいた。
今でも、オースターの小説は好きだし、新進気鋭の作家でも目をつけている作者は何人かいる。
でも、そういうのはまだ、ファンとは言えないのではないかと思う。ファンとしての素養がない、何か、欠けているのだと思う。

どうしてこうなるのか、少し考えてみた。

ずっと子供の頃の話だ。
私には姉が一人いる。頭が良くていかにも長女という性質で、更に子供の頃は酷く神経質だった。
姉妹間では姉は専制的で、自分の思い通りに私が動かないと平気で手を上げる人間だった。
その姉は、自分の真似を私がすることをこれがまた酷く嫌った。やると怒鳴りつけたり、殴ってきたりするのだ。
姉の態度は当時の暴力的な教室がどうやら原因だったのではないかと思うが、昔はそんな話、どこにでもあった。
姉はそういうどこにでもいるストレスを抱えた、どこにでもいる歪んだジャイアニズムの持ち主だったのだろう。
(流石に今は大人なのでそんなに阿呆な態度は取らない。時々訳のわからない態度を取って来るが多分職場ストレスなのだろうと思って流すようにしている)
その姉か、或いはクラスの気の強い女の子だったかが私にズケズケと申し渡したセリフがあった。
「あんたが聖子ちゃんとか明菜とか好きになんかなるなんて」
語尾は明確でない、覚えていない。ただ好きにならないで欲しい、という要求だったことは確かだ。

松田聖子も中森明菜も、トップスターとして君臨していた時代だ。
少女の誰もが「聖子ちゃん、明菜ちゃん」だった時代だ。そこで私はそのトップスターを好きになる感情を抑圧されたのだ。
お前はみんなが好きになるものを好きになってはならない。と。
裏を返せば、自分が好きなものを見下している人間が好きなんて、価値が落ちる、ということである。

子供の頃というのは人の本質を人は見抜こうとしない。どんなに抑制されても自分が自分のことをえらいと思ったやつの勝ちなのである。
私はそれをやるにはおとなしすぎたのだろう。
お前はバカだといわれたら、はいはい私はバカですよとバカにされたままでいた。
お前はブスだといわれたら、はいはい私はブスでよござんすよとブスグループにいた。
反抗したら騒がれた。そして大さわぎの責任はいつもなぜだか私のせいにされた。

私は聖子ちゃんにも明菜ちゃんにも憧れなくなった。
そりゃ、いい歌は彼女らは歌っていたからそれなりにメドレーは歌えたけれどもね。振り付けも衣装にも興味はなかった。
平凡も明星も、買い続けたいとも思わなかった。文字が読みにくく、内容もないアイドル同士の雑談をびっしりとグラビアに載せていて気に入らなかったせいもある。当時は読書以外の趣味がなくて、そんな自分でも音を上げた雑誌だった。

私には、誰かのファンになる気持ちが薄い。
素養もない。脳回路は未発達なまま閉じてしまい再開発の目処も立っていない、そもそも私の意志からの予算が下りない。

オースターは好きだけれども、あまり好みでない詩集を書いたいまでではない。サインを欲しいとも思わない。
ブルックリンの自宅を観光に訪れたいとも思わない。柴田元幸の流行の訳をたまに読んで、ゆっくり楽しみたいと思う程度だ。この間入手した「MONKEY」という同人誌のような文芸雑誌に特集されたオースターの苦労人時代の落書き文章を全部読みこなすのはずっと後になるだろう。
彼はやっぱり「じぶんのすきなさっか」であって、「じぶんはそのひとのふぁん」ではないのだろう。

価値観が違うのだ。
私は自分の心の発散のために小説を書いているのであり、誰かのファンになるために書いているのではない。
そこに嘘をついたら、私は私でなくなる。
どんなにのけ者にされてもいいから、私は私のために小説を書きたいのだ。
他には何も望んでいない。

そんな気持ちでいたら、それを面白く思わない人がいる。
「お前はあの人のファンになるのが適当だ」という。

そんなのできないのだ。無理だ。
むしろ、どうしてそうしなければならないの?
2013-12-17

立ち読みなんかしてあげない?

先日、別の筆名ではあったが、公募である太宰治賞に投稿してきた。
その筆名を知る一部の方にはこのブログも紹介してあるので、ご覧いただけていれば幸いなのだが。

公募の前後から周囲の空気が落ち着かず、ともすれば何もかも面倒な気分になってしまう。そういうこともあって、このブログに本当はもう少し早くログインするはずだったのだが、結局今日までずるずると延びてしまった。

太宰治は、芥川賞とその創設者の近辺のエピソードを知れば知るほどに、なんという不幸な人であったのだろうという気にさせられてしまう。当時の文壇は現在の私たちが想像するよりもずっと小さく閉じられたものであり、彼の持つ空気や個性、そういったものが明らかに大御所たちの望むものとは異なっていたのだろう、となんとなく感じられないこともない。冗談で「太宰は女にモテすぎたから他のブサイク作家にやっかまれたんだ」と言われているが、それは本当にただの冗談としても、しかし彼と、そして彼の作品のかもし出すなんらかの空気の違いというのが彼の芥川賞受賞を阻んだというのはうっすらと想像がつく。モテる人のオーラって、やっぱりそうでない人と違いますからねぇ。

で、そのいわくつきの太宰賞になんで殆ど考えていなかったのに応募したのかというと(予定だけは1年くらい前から考えていた)、一つはやはり、コスモス解散後どこに身を寄せたらいいのか深刻であったということが挙げられる。
全国に散らばる文芸同人誌というのは創設時のメンバーだけで作られていたり、或いは大学などのOB同人誌の形で発行していたりするようで、新規かつ一人で参加するのは実のところかなり敷居が高い。コスモスに入りやすかったのは、あそこがコンテストを開催していたからである。
僅かな文芸の知人も、「紹介をお願いします」と言うと、なかなか難しい顔をする。紹介ということ自体に大きな責任ができてしまうせいだろうと思う。まあ、年齢の高い人たちの集まりなので、私などが「……めんどくせっ」と思ったところで、全体が動くことなどまず100%ありえないのだ。年配者のサークルとは、そういうものである。

かといって若者の文芸サークルとなると、今度は暴れ馬のようなノリでこちらが疲弊してしまうことは想像に難くない。若いということはそういうことで、夢も希望も野心もぎらぎらと光っていて、しかしそれを制御できている人は一握りで、その一握りにミーハーな取り巻きが群がって、こちらもまた、「……めんどくせっ」となってしまうのである(^^;

先日から、インターネットでたまたま知り合った昔の知人や、彼らを知る人々が私にアクセスをかけてきているようで、どうやら昔のコミュニティに呼び戻しを考えているようなのだが、正直なところ私はそれに関しては何にも前向きに考えていない。
過去は、終わったことなのである。もう戻ってはこないし、どんなにハッタリをかましたところで彼らも私も大して大きな収穫はない。そういう、昭和の頃の田舎ヤンキーみたいな「ああン?」「ああン?」みたいな怒号とにらみ合いを続けても空しいだけなのである。
インターネットで初期の頃知り合った人々は、私が出会ってはいけない人々だった。私の人生においてかかわる必要もなく、また、存在すら知らないでよかった人々だった。
私は疲弊した。ただ、疲弊する以外のものは彼らから本当に何一つ貰えなかった。
ああ、「小説を書いている人間でも全く分かり合えない人々は存在する」ってことは覚えさせて貰ったか。


私は創作では、どうやら、殆ど一人で活動するほうが性に合っているということらしい。
誰かと小説を読みあって感想を言い合って、ということは勿論してもいい。でも、その相手というものは決して私の友人足り得ない、そういう運命のようなのである。
親友も友人もいないから、ライバルもできない。私よりも上手な人、私よりも至らない人、そういう人を何人知ったところで、結局は同じである。
温かい、血の通った感想が欲しい、痒いところまで手が届くような、そんな質問が欲しい、そんな気持ちにならないこともない。けれども、そうやって甘えてうまく行ったためしが、そういえば私にはかつて一度もない。
私に小説の感想を下さる人というのは、決して私と友達になろうとはしなかった。私の何がそうさせているのか、私は分からない。ただ、若い頃「あなたは友達なんかじゃなくてただの知り合いだ」というきつい旨の発言をした人が読者にいて、それ以来のことなので、納得しているといえば、そうなのだが。
そういえば、私の配偶者も、決して私の書いたものに目を通そうとはしなくなった。
既婚の創作の知人などは、必ず配偶者に作品を見てアドバイスを貰っているということなのに、私は全部一人でやっていかなければならないのだ。
ずっとそうだった。
主人を腰抜けなどと思ってはいないし、またそういいきれるほど私の書くものには魅力はないのだろうとは思う。
しかし一抹の寂しさがないとは言えない。そういう隙間に余計なものが入り込んできて、とても辛い思いをしたものである。


小説って、誰かに読んでもらうためのものなのにね。
それが叶わないなんて、私は何のために書いてるんだろうね。
プロになって、ぐうの音も出ないほどの高みに座して、そこからファンに書いたものを買わせなきゃ、読んでもらえないんだろうかね。


そんなふうに思いながら、太宰に向けた小説を書いた。
受かるとか落ちるとか、そんなのは何も考えていない。周囲は受かった落ちたそんなことしか頭にないようで、その視点の低さに私は空しいものを常に感じてしまうのである。どうしてもっと上の考えが頭に浮かばないんだろう、なんで半か長かしか考えられないんだろう、と、些か悲しくもあるのである。多分、そういう人々は、自分が実際に書いたりはしない人たちなのだろうな。だから小説を書いて公募する人間の気持ちなんぞ、全く想像もつかないんだろうな。

theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

2013-10-11

作家友達の作り方

一時ゴタゴタに巻き込まれていたのですっかり嫌になってしまっており、オンラインで創作の友人を探すのを諦めていたけれども、ここにきてふと、やはり欲しいなあと思うようになった。

ただ、年齢が年齢なので、もう若い頃のようにだれとでも、というわけにはいかないというのが、悲しいところであるように思う。

本当は誰でもいいんですけれどもね、相手が気を使う姿を見ていて、しんどくなってきたのですよ。

オンラインで「私はあなたに好意的ですよ」というのは、比較的簡単に分かる。オフラインと空気が全く変わらないからだ。
でも、オンラインで「私はあなたが苦手ですよ、嫌いですよ」というのは、ちょっと特殊な作法があるというのは様々な場所に行って分かった。
まず、無視。次に、無視。最後に、短くて語末にいちいち(苦笑)をつけても違和感のない、そっけない応対。どんなにやんわりした物言いをする人でも嫌悪感がありありと伝わってくる。
変な嫉妬心にもぶつかったことがある。どうも関わった別の方(異性)のファンの方だったらしく、その主婦の方にかなり当てつけられてしんどかったねぇ。思えば、あの当て付けとその内容で、どうも私が生活系ブログに向いてないということが既にはっきりしているというかそこに気づくべきだったんだろうけれども。

おかしな話なのだが、決して美人でもなんでもない既婚者の私は、彼女らから見てどうも、高齢独身女性枠にでも入れられているような、へんな気分なのである。小説なんてもの書いているせいなのか、どうも主婦の彼女らから見たら「かわいくないオンナ」なんだろう。
かといって、いけしゃあしゃあと独身女性として動き回るわけにもいかない。男と違って女は残念ながら、未婚者を偽るにはいろいろとハードルが高いのである。民法くっそくらえ。

かくも中途半端に主婦なんだかただ男と同居しているだけの女なんだか知らない生活を送り続けている私だが、そろそろ身の丈に合った友人が欲しいというのもまた事実である。けれども、こういう妙な立ち位置にいる私を受け入れてくれる人というのは、果たしているんだろうかね?

基本、お会いすることのないオンラインではなるべく、難しくない関係で、かつ、問題の起きない関係性を築いていきたいので、そういうわけでどなたか友人になってくだされば幸いです。
と、今まであまり出していなかった「小説・文学」ジャンルでもって、問うてみることにします。

theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

プロフィール

Chiduru.Y.

Author:Chiduru.Y.
小説を書いています。
しばらく更新が途絶えていましたが、また肩の力を抜きつつぼちぼち書いていこうと思います。

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