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2011-11-22

スマートフォンよりテスト

テスト。
よりアクティブに。
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2011-11-15

ホームページについて

ホームページの整備を、ぼちぼちやり始めている。
まずは、未発表や同人誌の選外作の掲載から。
このホームページに「花嫁花火」という童話を載せたいのだが、これは受賞はしたものの未掲載で、著作権がどっちにいくのだろうかと思い今のところ思案している。もっとも発行媒体であるコスモス同人自体今月で終了なので、恐らく著作権は私の元に戻ってくることと思うのだが、まだ確認していない。

もう少しコンテンツを増やして、絵とか写真なども置きたい。ただ、急にページを増やしてもメンテナンスが行き届かないので、適当にゆっくり大きくしていく予定である。

theme : ホームページ作成
genre : コンピュータ

2011-11-13

どうしたら友達が出来ますか?

珍しくスピリチュアルなタイトルで、ここにはなるべく現実的なことばかり書いておこうと思っているのだが、それに反すると思われた方にはご容赦を。内容は残念ながら愚痴模様である。

私はインターネットを始めてかれこれ10年になる。ただ、インターネット独特の距離感については、少し戸惑うことが今でもある。
ここのブログのみ、身内にもアドレスを教えてありたまにコメントを貰うこともあるが、これは例外中の例外である。基本的に私は自分のネット遊びの場所を身内には教えないようにしてきた。
どうしてこんなことをするかというと、ネットの活動は個人活動であり、学校や会社に向かう自分となんら変わらないと思っているからである。
しかし、世の中の一部の人々はそういう参加をしていない。二人組やグループで活動して、それぞれのIPなども把握し、極めて閉鎖的な動きをしている例もある。
なぜそんな人々が出てくるのか。私はそこに「自尊心」が絡んでいるのではないか、とこの頃思うようになってきた。

ネット上で何年か、非常に高慢なグループと関わったことがある。彼らは確かに頭のキレがよく、何人かは恐らく有名大学を卒業したのかもしれない。しかし、彼らは恐らく色々な事情があり、その実力を発揮できずにネットの世界に篭らざるを得なくなった。
こういう人々と長文で対話をすることを、私には彼らには許してもらえなかった。
頭のいい人々の対話というのは、互いに先の先を読みあってそれをいかに整然と美しく語り合うかに尽きるというところまでは私も読める。しかし、彼らはそれにしがみつくあまり、誰でも会話に加われる場であることをよく忘れ、そして私などが口を挟もうとするとそれにまともに応対する余裕を出すことができなかった。
彼らは、この状態が彼らの過失であるにも関わらず、「話題についていけないやつが悪い」という空気を演出することで他人を締め出して居直り、自分たちの素晴らしさをそうやって相互に確認し合っていた。そうして、恐らくは不遇な我が身の面子をなんとか保っていたのだろうと思う。

けれど、他の多くの人々とともに締め出された私はというと、彼らと普通に、ただの人間として話をしたかったのだし、会話をしたかったのだ。
彼らはそれを理解する余裕がなかった。自分の素晴らしさ(多分、頭の良さ)を私を含めた周囲に威圧的に押し付けるのに、ひたすら夢中なだけだった。
私は彼らの発展性のない虚しい自己認識作業につき合うのに疲れ、その場から離れた。

私はインターネットで友人が出来るかどうかは、その人とどれだけ疲れない関係を築けるかにかかっていると思う。上記の人々と私は、互いに合わないものを感じていたし、関わりあう必要もないのだ。

ところが彼らの一部は、いまだに私の動向を見つめ続けている。恐らくは輝かしい自分の過去と見比べる相手の生活を知り、顧みたくもない真っ黒な現在の自分から逃避するために。
実に哀れで、弱い人々だと思う。
彼らは事実上私から捨てられたというのに、それを認めたくないのだ。
捨てたゴミは、再利用してくれる立派な方々がそこにいるじゃないかね。
あなた方のことをおはようからお休みまでちゃんと見守ってくれる「優しい」人々が。
なんでそんな出来た人々に己を捧げてみようとは思わず、つまらぬ私にネット中、時にはネットを離れてまで粘着して回るのか、全く意味が分からない。
これは私が彼らより頭が悪く低学歴なせいなのだろうか。
それとも、彼らはそれだけ頭がおよろしい方々で、それだけ崇高なご意思がお有りなのか、どちらにせよ愚昧なる私ごときには到底理解できない謎なのである。

ただ、私はそんなご立派な頭脳をそういう素晴らしい行動に役立てていらっしゃるいやらしい方々とは到底友達にはなれないと、つくづく思う次第なのである。

theme : 生活信仰
genre : 心と身体

2011-11-06

ホームページ「羽根楽譜」のご紹介

実は二年前に作成していた「羽根楽譜」のホームページ。
今まで機会がなかったので放置したままリンクを繋げていなかったが、せっかくなのでご紹介しておきたいと思う。

文芸同人コスモス文学に在籍していた期間は二年間で、確か三回ほど賞を頂いた。
ただその在籍期間中には作品を提出できなかったこともあるし、応募しても選外だったことも勿論ある。
こういった作品をアップし、またどなたかにお読みいただいて、何かご意見のようなものをいただけたら勿怪の幸いである。

本日珍しく、二度目の更新。

theme : ホームページ作成
genre : コンピュータ

2011-11-06

「コスモス文学」終了について思ったことを

書こう書こうと思って、もう半年が過ぎてしまった。

コスモス文学

一応、主催にはお手紙でこのブログにて説明する旨を伝えてあるのでご存知だとも思うが、どういった形でこれを発表するか考えてこんなに時間が経ってしまったということである。

端的に言うと、主催が体調を崩され、復帰の目処がつかないために、コスモスの一切の業務を終了するという通知を今年の春、受け取ったのだ。

四半世紀も続く歴史ある同人誌の廃刊ということで、たった二年間しかおつきあいのない私には「今までありがとうございました、お大事に」と言うのが精一杯だったのだが、一切の個人的な関わりを望まなかった主催の事務作業には、何か心に迫るものがあった。

今だから言うが、正直なところ、受賞後に冊子を最初に入手したときの私の感想は必ずしも本誌大絶賛というわけではなかった。
殊に会員同士の個人的なふれあいの場が全く設けられていないことには疑問を感じた。これでは会員名はただの記号になってしまうのではないか? もしもよい作品を読み、その作者に感想を言いたくなったとき、どうすればいいのか? 読んで、感想を胸にしまっておけなんて、あまりにも文芸愛好者として切な過ぎるではないか。
主催の方はホームページにすら、意見交歓場を設けてはいらっしゃらなかった。
恐らく過失ではなく、明確な意思あってのことだったと思う。コスモスの長い歴史のある同人活動、その全部が全部、穏やかで何事もなかったという夢物語を信じるには、私は半端に年を取ってしまったのだから。

私が、作者からクレームが入るかもしれないし主催からも差し止めがあるかもしれない危険をもってまでコスモスの書評を始めようとしたのは、それが理由である。
文芸でも、絵でも音楽でも同じこと。文化に関係するものは必ず、それに接する誰かが必要なのだ。それは運命であり、宿命である。
誰にも私が感じたこと、思ったこと、そういうことを伝えられない同人であるのなら、そんな同人に所属することは私には無意味なことなのだ。読め、しかし語るな、という完全読者を強制する同人がこの世にあるのならば、私はおそらくそこにはいられないだろう。
幸いなことに、コスモスの主催からはこれといったクレームも入らず、黙認の姿勢が確認できた。非常にありがたいことであったと思う。
また少数ではあったが、実際に投稿なさっている方からコメントを頂き、とても嬉しく思った。
本来ならその方々に御礼のコメントに出向く必要があるのだが、連絡先をお書きになっていらっしゃらないので、ここで替わりとして、改めて謝辞を述べたいと思う。

コスモス文学の拙いコメントにお付き合いいただき、ありがとうございました。
まだ何号かは未評のままですが、気が向いたときに書くこともあるかもしれませんが、確約はできません。
コスモス同人を離れまたフリーの立場になりますが、どうか今後とも本ブログ「羽根楽譜」をよろしくお願いします。

theme : 文芸同人誌
genre : 本・雑誌

プロフィール

Chiduru.Y.

Author:Chiduru.Y.
小説を書いています。
しばらく更新が途絶えていましたが、また肩の力を抜きつつぼちぼち書いていこうと思います。

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