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2012-06-17

父の日

父の日である。

40年近く生きてきて、今日ほどこの日を痛烈に感じた日はない。

先日、義父が80歳で亡くなった。年齢が割と離れているせいか、甥や姪には祖父というより曽祖父といった扱いだった。食道楽のB級美食家で、かなりの高齢にも拘わらず「どこそこのラーメンはウマイ」だの、平気で言うような人だった。食に関しては一片の悔いもなく息を引き取ったのであろうと思う。
独身時代、主人に初めて家に連れて行ってもらったとき、義父がじっと探るような眼差しで私を見ていたのを覚えていて、何か怖い人だなあと思った。自営であるが故、おかしな女ははじき出すという気持ちでいたのだろうと思う。その眼力は確かだったかどうかは今の私は分からない、が、曲がりなりにも結婚生活が続いているのは恐らく不可というわけではなかったのだなと、思えてはいる。

さて、実家の父である。この人はいつか書いた通り、私の出生を全然喜んでくれなかった。今日は連絡をしていない。また、この人ももとはよく食べた(昭和一桁や戦中生まれは成長期に食べ物がなかったせいか食道楽が多い)が、医者に怒られて現在節食中である。妹の結婚式に行ったとき見たがげっそりとやつれていた。私の家系は中年までは太る傾向にあるが、還暦を回った頃から身体に肉がつかなくなる。ダイエットに勤しんではいるものの、恐らく私もそうなる(つまり今のダイエットは無駄……じゃないと思いたい)。
ただ、私の父も義父と同じ自営業だったが、恐ろしいまでに自己中心的な人で、家族サービスが何かということも分からない体たらくだった。
子供の頃、私たち姉妹と母は親子でどこにも連れて行ってもらえなかった。ある年の夏休み、あまりに父がどこにも遊びに連れて行かなかったので、悔しさのあまりうそ日記を書いて提出したほどである。そしたらそれがほかの子と一緒に確か教室の後ろに貼り出されて、新学期最初の参観日で母が大恥をかいた。母には申し訳ないことをしたと思うが、考えてみれば母はわが子とわが夫の両方から恥をかかされてしまったのだ。
田舎のことだから、誰が旅行に行ったか行かないか、車が何時に出たか出なかったかなど、誰でも見ているし、知っているし、噂なんてすぐ流れる。近所の皆は、わが家がただの一度も旅行外出していないことなどとうに知っていたのだ。
流石に私もこってり絞られて、以後うそ日記は一切書かなくなった。20年後、ネットで「あまりリアルを書かぬほうがいい」という約束事を知った時は困惑したほどである。

私は体調を崩して自宅で一日寝ていたのだが、主人は今日、伊豆の網代に一人で遊びに行った。熱海だったか下田だったか、子供の頃、家族旅行で行ったことがあるという。だから彼は伊豆に特別な思い入れがある。メールで「帰りたくない」と連発していたのを、無理に諌めて帰ってこさせた。

送られてきた写真は、いずれものどかで人々が忘れかけている風景が写っていた。
これは網代だからではないと思う。少し郊外に出て、山を横に歩いていけば誰でも見つけることができる。日本の田舎町は美しいとよく言われるが、これは意外と当たっている。むしろ、東京経済圏のだだっ広さが異常なのではないか、と最近の私は思う。電車で30分走ろうが1時間走ろうが全然郊外が見えてこない、というのは、世界的に見てもどうやら異常なことらしい。何かきっかけさえあれば、人はいつでもこの美しい田舎に帰ることができるというのに、そのきっかけというのはあまりにも高額なパスポート(999のパスくらいか?)で、なかなか入手することが出来ないのである。

話がずれた。
主人には、父との楽しかった旅行の思い出がある。私には父とはうそ日記という惨めな思い出しかない。それがあの事件から30年経った今でも私をうんざりした思いにさせて、とうとう、娘らしい贈り物をすることもできなかった。
父もいい年をしているし、持病を患っているので娘としてももっと孝行らしいことをせねばならぬのだが、どうも、まだ少しの間だけはちょっと恨んでいたいと思うのである。
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Chiduru.Y.

Author:Chiduru.Y.
小説を書いています。
しばらく更新が途絶えていましたが、また肩の力を抜きつつぼちぼち書いていこうと思います。

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