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2014-06-05

ファンとしての素養がない

誰かのファンになること。
例えば、芸能人のファンになる。アスリートやスポーツチームのファンになる。
声をからして応援する。イベントには足しげく通う。グッズを買いあさる。出演番組は全部チェックする。

そういう素養が、今の私にはないように思える。

子供の頃はあることはあった。大好きな漫画家もいたし、CDを集める歌手もいた。
今でも、オースターの小説は好きだし、新進気鋭の作家でも目をつけている作者は何人かいる。
でも、そういうのはまだ、ファンとは言えないのではないかと思う。ファンとしての素養がない、何か、欠けているのだと思う。

どうしてこうなるのか、少し考えてみた。

ずっと子供の頃の話だ。
私には姉が一人いる。頭が良くていかにも長女という性質で、更に子供の頃は酷く神経質だった。
姉妹間では姉は専制的で、自分の思い通りに私が動かないと平気で手を上げる人間だった。
その姉は、自分の真似を私がすることをこれがまた酷く嫌った。やると怒鳴りつけたり、殴ってきたりするのだ。
姉の態度は当時の暴力的な教室がどうやら原因だったのではないかと思うが、昔はそんな話、どこにでもあった。
姉はそういうどこにでもいるストレスを抱えた、どこにでもいる歪んだジャイアニズムの持ち主だったのだろう。
(流石に今は大人なのでそんなに阿呆な態度は取らない。時々訳のわからない態度を取って来るが多分職場ストレスなのだろうと思って流すようにしている)
その姉か、或いはクラスの気の強い女の子だったかが私にズケズケと申し渡したセリフがあった。
「あんたが聖子ちゃんとか明菜とか好きになんかなるなんて」
語尾は明確でない、覚えていない。ただ好きにならないで欲しい、という要求だったことは確かだ。

松田聖子も中森明菜も、トップスターとして君臨していた時代だ。
少女の誰もが「聖子ちゃん、明菜ちゃん」だった時代だ。そこで私はそのトップスターを好きになる感情を抑圧されたのだ。
お前はみんなが好きになるものを好きになってはならない。と。
裏を返せば、自分が好きなものを見下している人間が好きなんて、価値が落ちる、ということである。

子供の頃というのは人の本質を人は見抜こうとしない。どんなに抑制されても自分が自分のことをえらいと思ったやつの勝ちなのである。
私はそれをやるにはおとなしすぎたのだろう。
お前はバカだといわれたら、はいはい私はバカですよとバカにされたままでいた。
お前はブスだといわれたら、はいはい私はブスでよござんすよとブスグループにいた。
反抗したら騒がれた。そして大さわぎの責任はいつもなぜだか私のせいにされた。

私は聖子ちゃんにも明菜ちゃんにも憧れなくなった。
そりゃ、いい歌は彼女らは歌っていたからそれなりにメドレーは歌えたけれどもね。振り付けも衣装にも興味はなかった。
平凡も明星も、買い続けたいとも思わなかった。文字が読みにくく、内容もないアイドル同士の雑談をびっしりとグラビアに載せていて気に入らなかったせいもある。当時は読書以外の趣味がなくて、そんな自分でも音を上げた雑誌だった。

私には、誰かのファンになる気持ちが薄い。
素養もない。脳回路は未発達なまま閉じてしまい再開発の目処も立っていない、そもそも私の意志からの予算が下りない。

オースターは好きだけれども、あまり好みでない詩集を書いたいまでではない。サインを欲しいとも思わない。
ブルックリンの自宅を観光に訪れたいとも思わない。柴田元幸の流行の訳をたまに読んで、ゆっくり楽しみたいと思う程度だ。この間入手した「MONKEY」という同人誌のような文芸雑誌に特集されたオースターの苦労人時代の落書き文章を全部読みこなすのはずっと後になるだろう。
彼はやっぱり「じぶんのすきなさっか」であって、「じぶんはそのひとのふぁん」ではないのだろう。

価値観が違うのだ。
私は自分の心の発散のために小説を書いているのであり、誰かのファンになるために書いているのではない。
そこに嘘をついたら、私は私でなくなる。
どんなにのけ者にされてもいいから、私は私のために小説を書きたいのだ。
他には何も望んでいない。

そんな気持ちでいたら、それを面白く思わない人がいる。
「お前はあの人のファンになるのが適当だ」という。

そんなのできないのだ。無理だ。
むしろ、どうしてそうしなければならないの?
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2014-06-05

まなんだこと

一対一で話すことを怖がるような人を信用してはならない。
・ネットでももSNSだと距離感ないまでに気安く話しかけてくるが、ブログに一度招いたら一度もコメントをしない人ってのがある。
彼は実は「社会的で人とそつなく付き合える」自分の体面が好きなだけ。本心からあなたを気に入っているわけではない。
なお、本当に社会的で人とそつなく付き合える人は普通、一対一でもまったく物怖じしない。

メールやSNSに逃げて手紙を嫌う人を相手にしてはならない。
・ただ単に面倒臭いだけなのかもしれないが、大抵は無教養な人物。
また、自筆の重みを知る立場の人がこれをやっているときには、何かあなたではフォローできぬ事情や裏があると考えてよい。その事情や裏というのは往々にしてあなたの生活や自尊心とは無関係なところから来ているつまり彼の問題なので、そっとしておくべき。むしろクマにあったと考えてそろそろと後ずさることをお勧め。

場の目的に合わないようなことをわざわざ自分に要求してくるような人は問題のある人物である。
・たとえば料理同好会なのにあなたに真顔で「料理の話なんかするな」なんて言ってくる人を、あなたはどう思うだろうか。
釣りのサークルなのに「魚の話禁止」なんて本気でのたまう人をどう理解したらいいのだろうか。
あなたにはその人物に「バカにするな」と腹を立てる、抗議する権利がある。

居直り強盗は人の財産を傷つけるが、居直り覗きは人のプライドを傷つける。どちらも肉体こそ傷まないながらも、傷害罪。
・最近は無自覚な居直り覗きが増えている。グーグルマップの影響で、他人の部屋の洗濯物すら見ることができるようになったせいだろうか。覗いているという自覚なしに他人に干渉する痛い子チャンは、それが完全に一般人に公開されている情報なのか、あなたまたは公開者が法の目をかいくぐって公開している情報なのかを立ち止まって一度考えてみるべきではないだろうか。裁かれない傷害罪は、いずれ自分に返って来る。
プロフィール

Chiduru.Y.

Author:Chiduru.Y.
小説を書いています。
しばらく更新が途絶えていましたが、また肩の力を抜きつつぼちぼち書いていこうと思います。

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