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2016-06-19

なぜ、書くのか

 だいぶ間が空いた。
 と、もう何度目かになる。ここは時間を作るか、或いはどうしても言いたいこと、書きおきたいことがあるのみ開くので、平気で何か月も何年も放置することがある。

 なぜ、書くのかを少し書き残しておくことにする。
 私はよく記憶に残っていないが、物心ついた時から何か、「おはなし」を綴っていたような子供だった。田舎に住んでいたというのに親が当時東京で流行っていた知育図書を定期購入していたせいかもしれないが、歌と物語は日常であり、当時のレコードはすりきれるまで何度も繰り返し聴いた。
 ただ、恐らく同じもので教育された人々が別に全員創作に興味を持つことはなかっただろうから、私の行動はやはり、生まれもっての特性であったのだろうと思っている。

 レアである。

 フィクションに親しむ今の若者から見たら考えられないほどレアな特質で、理解されないところもあり、苦労も多かったことを記憶している。

 年齢が上がって、創作というものは私の中では相変わらず当たり前の行動ではあったが、だんだんと「創作に親しむ」というのは別に自分だけのものでも、特別に偉い人だけの趣味ということでもなく、同輩は他にもちらほらいるということに気付いた。たくさん、仲良くなって、喧嘩もして、幾例かは不幸な結末に終わった。本当に偉い人も知ったし、呆れた連中が大勢いることも知った。
 創作者としてごく当たり前の成長を続けていく上で、何度か考えることがあった。

 なぜ、書くのか。

 もう若くない私は、若い人々と完全に同じスタートラインに立つことは無理なように思える。
 しかしながら、この青臭い疑問だけは魚の糞のようにいつまでも自分の後を追いかけて来るので、こうして度々立ち止まって、考えることになった。
 今回もそうである。

 若いころはさまざまな冒険を試みるものだが、原動力は何かというと「経験と教育によって得た己の思想を無知蒙昧な他人に啓蒙したい」という、あまりにも前のめりな熱情なのではないか、と思う。
 若者の啓蒙活動というのは大概、向こう見ずで野卑で独善的で、そして純粋でひたむきなものである。新しい発想力と膨大な知識を若く柔軟な脳が見事に使いこなしているのだから、そうなってしまうのは当然と言えば当然の結果であり、そして年齢が上の者はその暴走しがちな思想を「若い」の一言でにこやかに片づけて見守っているものである。
 それが理由で小説を書くようになっているであろう人も、何人か私は見てきた。

 これは小さいころから書いてきた私とは、系統の違う創作への情熱である。私は物語がつまらないとか、行き詰ったと思ったら「放置」を基本づけてきた。私の創作態度というのはあくまでも、根っこのところで私的なものであり、公的な意識は少なかったからである。
 ただ創作者のステージとしてどうしても公的意識が必要になってきており、創作態度もそういったものが求められるようになってきたのは、合点がいかないながらも了承せねばならず、只今しぶしぶといった体で行っているのもまた事実である。

 さて、若者の創作における啓蒙活動というのは「温故知新」と「地域理解」が一旦の終着点になるように思える。これで創作に対する情熱がすっかり冷めてしまう人も多いように思える。痛みを伴うバッドエンドであり、もしそういう立場であったとしても、私もこういった気の抜けた結末は認めたいとは思えない。
 そこで結局のところ続けざるを得ないのだが、ステージ上では公的態度を求められているにも拘らず、頭の中では私的なものだけを求めてしまうことになる。
 まるで文芸同人誌の編集者のような気持ちだ。

 公的態度と公的意識をリンクさせるには、やはり理解者というものが必要になるのであり、しかしその理解者はなかなか一般的なポジションの人々には得られにくい。彼らは若いころの私が旨としてきた創作への情熱と同じで、いつでも、つまらないとか、行き詰ったと思ったら「放置」を基本づけているのである。だから、無理強いをすることはよくない。だから多くの創作者が「騙す」という手段に向かうのであろう、これもたくさん見てきた。

 何が言いたいのか、ちょっと分からなくなってきてしまった。
 そう、なぜ、書くのか。一体なぜ。

「素晴らしい自分を理解してもらいたい」という、熱病や誇大妄想に似た考えはない。
私の創作態度に野心はない。
しかしどうしても書かずにはいられない理由はどこにあるのかというと、恐らくそれは他人との距離感に由来するような、ある種の「渇き」なのではないかという結論に達する。渇望が理由でないとしたら、息苦しさか。湿度80%、室温30度近い締め切った暗い部屋で、精油(アロマオイル)を嗅ぎ続けなければならない鬱陶しさとも言える。
緊急に、冷たい水と新鮮な空気、酸素が必要なのである。

求めても得られないから、私は書く。
それだけのことであろうか。
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Chiduru.Y.

Author:Chiduru.Y.
小説を書いています。
しばらく更新が途絶えていましたが、また肩の力を抜きつつぼちぼち書いていこうと思います。

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