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2012-01-25

綺麗な絵、心に残る絵

今日、ネットで綺麗なCG画を集めているコーナーを観て、「ううむ……これは」と唸ってしまった。

最近のパソコンアートの進歩はすさまじい。背景素材などどこにでも溢れていて、うまく組み合わせれば絵なんか不得意中の不得意の人でもちょっと見られた絵に仕上げることが可能である。
幻想的な宇宙の絵、見たことのない紫色の空やそれに浮かぶ二つの月、遠くに見える地球らしき天体。地上では遠くの華やかな雷を見つめるサバンナの象の群れと、それを眩しく照らし出す謎の強光。
こういうCG画が本当にネットではごろごろ転がっているのだ。
その透明感、鮮やかさ、そしてこんな表現は妙だが、清潔感。
いい世の中になったものだと思う。

ただ、その絵を一枚一枚見ていて、私は少し首を傾げることがある。
もしかしたら美術館に行き出すようになってから、初めて沸いた気持ちなのかもしれない。

かなり前の話になるが、ふとしたご縁で、現代美術の絵を鑑賞しに日本橋の小さな画廊に足を運んだことがあった。
現代アートなので、抽象的な色の群れが額縁に収まりきらぬほどに乱舞していた。その絵は、時に青く重く、時に金銀にきらびやかに私の心に飛び込んでは、様々な感慨であるとか、時には過ぎ去った思い出も呼び起こしてくれて、観ている間とても豊かな気持ちでいられた。
正しい現代絵画の鑑賞の仕方を私は知らないが、色の重み、重なり、ぼかし、そういった小さなインパクトの一つ一つを自分の心がどのように捉えるかを、もう一人の自分が鑑賞する作業がとても楽しかったのだ。

そういった絵はものの輪郭をはっきり描かないものであっても、ちょうどウォーターベッドによるマッサージのように私の心によい刺激を与えてくれて、やがては創作の力になることもある。
もちろん、古い名画などは言うに及ばない。風景の絵であればその風景のオリジナルにあった風や水や炎の音を聞こうとし、人物画であればそのドレスの衣擦れの音すら聞きたくなる。上村松園の日本画では、雪の中を和傘を傾けて歩く美人の吐く微かな息や、傘に降りかかる牡丹雪の小さな音すらも聞きたくなった。世界に入り込み、そこで世界を堪能する自分を私は幸福に感じ取ることが出来る。

しかし、ネットで目にするCG画の多くに、なぜか私は入り込むことができない。
いくら美しい星や花や月に目が行っても、動きも色も乏しく山や木々を描いているだけの古い山水画よりも集中して見ることが出来ないとは、一体どういったことなのだろう。
勿論、同じCG絵であっても上手な人の描く絵も多いだろうし、そういう人の絵は私もいくらか記憶がある。
じゃあ、その絵で一本小説を書けと命題を受けたらどうする。
私は書けるのか?
見たこともない美麗な海原や、魔法の国のような虹の草原や、地上なのか宇宙なのか分からない幻の土地に何かストーリー性を感じることが出来るのか?

不思議なことだが、私にはそれはとても難しい。
こんなことをここに書いて、ご覧になった方の中には「いや、自分なら出来る、CG画でコラボ祭やろうぜ!」とかいう威勢のいい人がいるかも知れない。さぞかし名作が集まり、賑わうことだろうと思う。
ただ、私はそういう催しには恐らく興味も持たないだろう。
催しがいくら楽しそうであっても、書けないものは書けないのであるし、感じられないものは感じられないのだ。
CG画は、ふと気分を切り替えたいときの閲覧や壁紙やブログのデザインには重宝するが、それ以上の余計な感情を切り落としてしまうように私は思うし、こうやってここまでいろいろとCG画師さんには大変失礼ではあるが、もう一つ「生きた」ムードが欲しくもなるのだ。
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theme : 創造と表現
genre : 学問・文化・芸術

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コメントありがとうございます

やはりCG作品とは相性もあるのでしょうね。私は相変わらず(苦笑)。
tさんは何か創作をなさっている方なのですか?
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Chiduru.Y.

Author:Chiduru.Y.
小説を書いています。
しばらく更新が途絶えていましたが、また肩の力を抜きつつぼちぼち書いていこうと思います。

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